この素晴らしき世界 4087733653 集英社
■Amazonエディターレビュー ふとしたきっかけでユダヤ人の青年をかくまうこととなった一組の夫婦と、彼らを取り巻く人々とが繰り広げる悲喜劇を描いた人間ドラマ。舞台は、ナチスの占領が続く第2次大戦中のチェコの小さな町である。当時のチェコスロバキア共和国は、ドイツの主導により「ボヘミア・モラビア保護領」と「スロバキア独立国」とに解体されていた。同地域では、数十万人がホロコーストの犠牲となったとされ、物語には、そうした史実が重要な背景として、横たわっている。 著者は、チェコの音楽芸術アカデミーで脚本、ドラマトゥルギーを専攻していた人物で、本書の映画化の際には、自らシナリオも手がけた。この映画は、わが国でも2002年に公開され、米アカデミー賞の外国語映画賞にもノミネートされている。こうした映像作品を多数手がけてきた経験によるものであるだろう。本書における登場人物たちの台詞もじつに小気味よく、描写は的確で、チェコの田舎町の情景も叙情豊かに捉えられている。 しかし、なんといっても胸を打つのは、戦争という極限状態の中で、時に苦渋の選択をしながらも、懸命に生き抜いていく人々たちの姿である。無気力な主人公ヨゼフに、その妻マリエ。ナチスにすり寄り、マリエに横恋慕するプロハスカ。自己保身にきゅうきゅうとしながら生きる彼らは、人間の悲しさや、はかなさを凝縮した存在でもある。しかし、そんな登場人物たちが、ラストシーンでは一堂に会し、静かな喜びに満たされる。そこに浮かび上がるメッセージは、声高にヒューマニズムを押しつけるものではないだけに、いっそう心にしみてくる。(中島正敏) |