サラマンダー―無限の書 4152085002 早川書房
■Amazonエディターレビュー 18世紀のヨーロッパを主要な舞台に、ひとりの印刷工の数奇な運命を描きながら、書物の歴史、物語の役割を探っていく壮大な幻想小説である。著者は、本書が初邦訳となるカナダの作家トマス・ウォートン。1995年に長編デビューしたというその持ち味は「断片をつなぎあわせていくような」独特の文体である。スロヴァキアの奇怪な城、ベネチア、アレキサンドリア、広東、そしてロンドンと、世界をまたにかけて目まぐるしく移ろっていく本書は、その実力を遺憾なく発揮した作品である。 家具やベッドが、迷宮のように複雑な通路をたえず移動し、自動人形がうごめく奇天烈な城。その城主にして、奇書コレクターであるオストロフ伯爵は、「無限の本」を作らせるために、印刷職人のフラッドをロンドンから呼び寄せる。伯爵の夢である「他に類を見ない図書館」を完成させるためには、その本が不可欠なのだ。途方もない難題に取り組むこととなったフラッドだったが、いつしか彼は、伯爵の娘イレーナと恋に落ちてしまう。しかし、2人の恋は伯爵の怒りを買い、フラッドは地下室に幽閉される。そして、11年の月日が流れた。 「魔法の活字」「泣きインク」といった無限の書の材料を求める航海を縦軸に、各国の人々が語る寓話を横軸に据えたストーリーは、進むにつれて、読み手をもてあそぶかのように入り組んでいく。にもかかわらず、難解さを感じさせないのは、フラッドの娘パイカの明るく魅力的な造形や、宿敵サンフォワ神父との対決を効果的に配するなど、読み手を飽きさせることなく、巧みにひきこんでいく著者の手腕が見事だからである。古今東西のさまざまな物語の渦に巻き込まれた読み手は、本書そのものが、無限の快感を楽しませてくれる奇書であることに気づくに違いない。(中島正敏) |